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宮崎地方裁判所 昭和48年(ワ)171号 判決

原告

髙松晴夫

外一名

右両名訴訟代理人

鍬田萬喜雄

外二名

被告

医療法人恵喜会

右代表者

中林永一

右訴訟代理人

小倉一之

主文

被告は原告高松晴夫に対し金八二万七、七四三円、原告高松シヅに対し金一四二万二、七三四円および右各金員に対する昭和四七年八月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

被告は原告晴夫に対し金五四一万七、五二七円、原告シヅに対し金四〇七万一、七九七円および右各金員に対する昭和四七年八月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告晴夫は訴外亡高松晴義の子、原告シヅは晴義の妻であり、被告は肩書地において精神病院・西都病院を経営しているものである。

2(一)  晴義は昭和三六年珪肺病にかかり、川南国立病院において入院、治療を受けたが治癒せず、かえつて同疾病自体および長期療養の苦しさからノイローゼ症状を併発し、珪肺結核と慢性酒精中毒の病名により同四五年九月一四日から西都病院に入院し、同四七年二月二九日退院した後は通院して治療を続けていた。

そうこうするうち、同年七月初旬頃から晴義の精神状態が異常になり、手当り次第に物を投げる、裸足で外へ飛び出す、自宅裏手にある鉄道線路内にとどまる等の行為を頻りに行なうようになり、同月一三日には物を投げるのは勿論、戸のガラスを叩き割つて鋭くとがつたガラスの中に自己の頭を突つこんでじつとしていたり、又家を飛び出して前記線路上で走行してくる列車の前に、立ちはだかつたりする等異常で危険な行動に出るに至り、自傷他害の虞れが生じた。

(二)  そこで、同日原告シヅは来あわせていた親族らと相談の上晴義を西都病院に入院させることにし、原告シヅは同日夕刻同病院に赴き、副院長の松尾医師に晴義の右行状を訴えてその入院方を依頼した。そして、同日はすでに午後五時を過ぎており、保健所で措置入院の手続をとることができなかつたため、ひとまず同夜身柄だけ同病院に引き渡して手続は後でやることとし、西都警察署に依頼してパトロールカーで晴義を同病院に連行し、同日午後七時頃同人の身柄を当直看護婦斉藤静子に託し、同女は同人を保護室(窓に鉄格子のついた個室)に収容、施錠した。

(三)  ところが、晴義の煙草の火の不始末から同日午後八時頃同保護室内において出火し、ために晴義は全身火傷を負い西都市大字妻一、二一一番地鶴田病院で治療を受けたが、二日後の同月一五日午後五時五五分、顔面、背部、腰部、両上肢、右下肢第二度火傷のため同院において死亡した。

3  前記斉藤看護婦は、晴義を前記保護室に収容するに際し、同人がポケット内に煙草とマッチとを所持していることを知りながらこれを取り上げなかつた。そのため晴義は喫煙することができ、その煙草の吸殻をチリ紙に包んで自己の傍に置いていたので本件火災が発生したのである。

そもそも精神病院において自傷他害の虞れがある者を前記のような保護室に収容するにあたつては、その者の右の虞れを未然に防止するのが隔離の目的なのであるから、その者が危険物を所持していないかどうかを厳重に検査し、それを所持している場合にはそれを取り上げ、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、前記斉藤はこれを怠り前述のように晴義が煙草とマッチとを所持しているのを知りながらこれを取り上げず漫然と同人を収容したため本件火災を招来し、よつて晴義の死の結果を招いたのである。

なお、同保護室周辺には火災探知器や消火設備がなく、しかも同室は一般の病棟から離れ、患者側から危険を知らせる方法がなかつたという同病院の管理体制の杜撰さに加えて、本件火災発生後の看護婦らによる救出活動がきわめて遅れたことにより被害が受傷にとどまらず死亡という結果にまで至つたものである。

被告は右斉藤の使用者であるから、原告らが同女の右不法行為により蒙つた後記損害を賠償する責任がある。〈以下略〉

理由

一請求原因1の事実、同2(一)中、晴義が珪肺結核および慢性酒精中毒のため昭和四五年九月一四日から同四七年二月二九日まで西都病院に入院した事実、同2(二)中原告シヅが同四七年七月一三日夕刻、西都病院に赴き、副院長の松尾に晴義の入院方を依頼し、同日晴義が同病院に連行され、保護室に収容された事実、同2(三)の事実ならびに同3中晴義の入室に際し、斉藤看護婦が、晴義が所持していた煙草とマッチを取り上げなかつた事実はいずれも当事者間に争いがない。

二1 右争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

晴義は、昭和三六年、業務上珪肺病(珪肺結核)にかかり、川南国立病院に入院して治療を受けていたが、治癒しないばかりか、同疾病自体および長期療養の苦しさから酒にそのはけ口を求めた結果慢性酒精中毒にもかかつたため、西都病院に入院治療を受け、原告晴夫の県外就職により一人暮らしとなる原告シヅのため治療中途で退院した後は本人又は原告シヅが来院して投薬を受けていた。ところが同年七月初旬頃、ことに六日頃から、晴義は飲酒後手当り次第に物を投げる傾向を示し出したので、原告シヅは同月一三日夕刻、同病院に赴き副院長の松尾医師に対し、晴義を再び入院させてくれるよう依頼したところ同医師はこれを原則的に了承した上、前回の入院のときと同様保健所で措置入院の手続をとるよう勧めた。ところが、その時はすでに官庁の終業時刻である午後五時近くであつたので、手続は他日行なうことにして同原告はひとまず帰宅した。しかし同原告は、自宅前の義弟宅で義弟から、当日晴義が飲酒の上、自宅裏手にある鉄道線路上で汽車の進行を阻止したこと、戸のガラスを叩き割り、その割れた間隙に頭を突つこんでじつとしていたことを聞き、精神の異常がきわめて昂進しているものと考え、措置入院の手続がとれるか(費用が安くつく。)、同意入院になるかは別として、直ちに前記病院に入院させるべきだと決断し、すでに松尾医師にも話を通じてあつたことから、警察官の手を借りて晴義を連行しようと思い、西都警察署に赴き事情を訴えた。そこで係の警察官が午後六時過ぎに同病院に電話で連絡したところ、当直看護婦の斉藤静子(婦長)は、「医師より聞いているから入院させる、すぐ連れてくるように」、との返事をしたので、同署の警察官三名が晴義をパトロールカーに乗せて同病院に連行したところ、右斉藤は晴義に自傷他害の虞れがあるものとして、予め他の患者を別室に移して空にしておいた保護室(窓に鉄格子のついた間口1.8メートル、奥行四メートルの個室で、出入口の戸に施錠されると室外に出ることはできない)に案内し、警察官をして晴義を同室に入れさせたうえ、出入口に施錠した。その際同行の警察官が、晴義の身体捜検が未了である旨を斉藤に告げたが、同女は後で行うと答え所持品検査はしなかつた。晴義は煙草とマッチを所持しており、午後八時ころ、所持していた煙草二本を吸い、その火を十分に消さないままこれをチリ紙にくるんで保護室の隅に放置したため、同人の就寝中これが布団や壁板に燃え移り火災となつたが、前記のような構造の個室であるため同人は室外に逃げ出すことができず、宿直の看護婦らが出火に気付いて同人を救出したときには同人はすでに全身に火傷を負い、ついに死亡するに至つたものである。右斉藤は昭和三九年以来同病院の婦長として勤務し、晴義のことも十分知つていたし、松尾医師から、原告シヅの前記意向も聞いていた。

以上の事実が認められ、前掲斉藤証言および被告代表者本人の供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によつて考えると、被告側では、その手続を措置入院とするか同意入院とするかは別として、晴義を西都病院に入院させることにつきこれを了承していたもので、斉藤婦長は、右被告の意向にそい、連行された晴義の当日の状態に鑑み同人を病院内の保護室に収容したものといわなければならない。

2  ところで、精神病院において、自傷他害の虞れのある者を前述のような構造の個室に収容するにあたつては、収容の目的自体が右の虞れの除去にあるのであるから、病院は、当該患者が危険物を所持していないかどうかを検査し、所持している場合にはそれを取り上げ、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきところ、右斉藤はこれを怠り、右の検査をすることなく漫然晴義を保護室に収容したため、煙草とマッチを所持していた同人が喫煙し、その火の不如末から本件火災が起こり、よつて同人は全身火傷を負い、そのため死亡するに至つたものである。

そうして、被告が右斉藤の使用者であることは当事者間に争いがないから、被告は民法第七一五条に則り、斉藤の過失により原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

三そこで原告らの蒙つた損害につき判断する。

1  〈証拠〉を総合すれば、晴義は死亡当時珪肺病により労働能力を全く失い、労働者災害補償保険法にもとづく障害補償年金として四一万九、五五一円を受給していたこと、当時同人は満五〇年であつたが、重度の珪肺結核(軽快の見込みすらなかつた)に加えて慢性酒精中毒のため、身体は著しく衰弱し、対症療法によつて咳、呼吸困難等をおさえているだけの状態であつたことが認められる。ところで、昭和四六年度簡易生命表によると、満五〇年の男子の平均余命年数は24.60年であるが、右認定の晴義の病歴、病状等に鑑みると、同人の余命年数は右平均余命年数の半分である一二年とみるのが相当である。そして、前記晴義の収入額や、原告シヅも稼働して一ケ月二万円ぐらいの収入を得て家計を支えていたこと(同原告本人の供述)などに照らすと、晴義の生活費を同人の収入の三分の二とみるのが相当であり、ホフマン式(係数9.215)により中間利息を控除すると、同人の逸失利益額は一二八万八、七一七円となる。

(円未満切り捨て)

そして、原告らのほかには晴義の相続人は居ないことが弁論の全趣旨により明らかであるから、右損害額につき原告シヅの相続分(三分の一)は四二万九、五七二円、原告晴夫の相続分(三分の二)は八五万九、一四五円となる。

なお、被告は、晴義の年金受給権は一身専属権ゆえ、原告らに相続されることはない旨主張するが、原告らが本訴において相続による取得を主張しているのは、晴義の年金受給権ではなく、同人が該権利を喪失したことによる損害賠償請求権なのであり、右損害賠償請求権の対象となることは自明の理であるから、被告の主張は失当である。

2  前記のように晴義が平均余命を全うせずに珪肺病を主たる原因として死亡するとすれば、爾後妻である原告シヅは自己が死亡するに至るまで遺族補償年金(妻が五五歳以上の場合は、給付基礎年額の一〇〇分の四〇に相当する額)を受ける権利を有することになる(労働者災害補償保険法第一六条の二ないし四)ところ、〈証拠〉によると、晴義が業務外の本件事故によつて死亡したため、原告シヅは右年金の支給を受けることができなかつたことが認められる。そして、〈証拠〉によると、晴義の前記推定死亡時(本件事故一二年後)には原告シヅは満六〇年であり、かつ同原告の健康状態は良好と認められるから、その余命年数は19.99年(便宜上二〇年として計算する。)とみられるので(昭和四六年度簡易生命表参照)、同原告の得べかりし前記遺族補償年金額の現価をホフマン式により計算すると、右は二〇九万八、一七五円となる。

(円未満切り捨て)

(但し晴義の年金受給額の基礎となる日数な280日として計算)

3  前掲原告シヅの供述によれば、原告シヅは、晴義の本件受傷による治療費として八、九三四円を鶴田病院に支払い、又、同人の葬儀費として一三万九、一〇〇〇円を支出したことが認められる。

四そこで、過失相殺につき考察する。

1  前記のとおり本件失火の直接の原因は、晴義が自分で吸つた煙草の吸殻を、その火を十分に消さないままチリ紙に包んで室の隅に捨てたことにあると認められるからその過失はきわめて大きいと云わざるをえない。

2  〈証拠〉によれば、晴義は、前記パトロールカーに乗せられる際、警察官から警察に行こうと言われたのに、同車が警察署に向かわなかつたため、進行方向が違うといつて警察官に暴言を吐くことがあつたが、警察官の、病院で体の治療をせよとの説得に応じ、入院することを納得する態度を示したこと、病院玄関前で同車を降りてから保護室に至るまでは、狭く足場の悪い所を通つたので二名の警察官に両腕を支えられて行つたが、歩行自体は自分で行なえる程度であつたこと、入室後も、当初は巡回の看護婦に対し、「外に出してくれ。」等と叫ぶことはあつたが、午後七時頃の巡回の際には看護婦の説得に応じて静粛になり、他の知合いの患者の容態を心配して問いかける程に落着いていたこと、晴義は本件事故後の警察官の取調べに対し、喫煙および吸殻の始末の状況をかなり詳しく供述していること等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、晴義は喫煙しその吸殻を放置した午後八時直前ころ、意識はかなりはつきりしていたものと推認される。

よつて、同人の事理弁識能力には欠けるところはなく、従つて、同人の過失をもつて相殺の基礎とすることには何ら支障がないものといわざるをえない。

3  よつて晴義の過失割合を七割とみて、前記三の1、2、3の損害額を滅額すると、原告シヅの損害額は八〇万二、七三四円原告晴夫の損害額は二五万七、七四三円となる。

五(慰謝料)晴義は前述のごとく、個室でただひとり全身火傷を負い、そのため死亡するに至つたものであつて、その苦悩に思いを致したとき原告らの悲しみは耐えがたいものがあるといわざるをえない。そして、右事実に、晴義が昭和三六年珪肺結核にかかつて以来衰弱の一途をたどつており完治の見込みのない身体であつたこと、本件失火の原因、その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告らに対する慰謝料としては各五〇万円が相当と考える。

六(弁護士費用)前掲原告シヅの供述によれば、原告らは各自、本件訴訟の認容額の一割を原告ら代理人三名に対し成功報酬として支払うことを約したことが認められるところ、本件訴訟の経緯、請求認容額、その他諸般の事情に鑑み、原告シヅにつき一二万円、原告晴夫につき七万円を弁護士費用による損害と認めるのが相当で、右金額をそれぞれの損害額に加算すると、結局原告シヅの損害額は一四二万二、七三四円、原告晴夫の損害額は八二万七、七四三円となる。

七以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告晴夫において、金八二万七、七四三円、原告シヅにおいて金一四二万二、七三四円およびこれらに対する本件不法行為の後である昭和四七年八月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(柴田和夫 武内大佳 石井宏治)

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